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東京高等裁判所 昭和59年(く)84号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年が提出した抗告申立書並びに附添人川人博、同神山啓史、同田中由美子が連名で提出した抗告理由補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原裁判所は、少年に非行事実は存しないのに脅迫の非行を認定したうえ、少年を保護処分に付さない旨の決定をしたが、原決定には、決定に影響を及ぼす法令の違反があるほか、重大な事実の誤認がある、というのである。

そこで、まず本件抗告の適否について検討するに、関係記録によると、原裁判所は、少年に対する脅迫保護事件につき、少年が非行事実を否認したため証拠調べを行つた結果、刑法二二二条一項該当の脅迫の非行事実を認定し、かつ、決定理由の中で、少年の事実上及び法律上の主張に対し詳細な判断を示してこれを排斥したうえ、少年を保護処分に付する必要がないものと認め、訓戒を与えたうえで、少年法二三条二項によりその旨の決定を言い渡したことが認められる。

ところで、少年法は、その三二条において、「保護処分の決定に対しては」抗告することができると規定し、ほかに抗告を認める趣旨の規定は設けていないから、抗告の対象にできる決定は、右規定の文理に照らすと、本来同法二四条一項所定の保護処分の決定に限られていると解すべきものであつて、法の趣旨とするところは、まさに保護処分のみが少年にとつて不利益な処分であるとし、これに対してのみ少年に上訴による救済を与えるというにあると思われる。最高裁昭和五八年(し)第三〇号同年九月五日第三小法廷決定・刑集三七巻七号九〇一頁は、非行事実の不存在を理由として少年法二七条の二第一項に基づいて保護処分の取消を求める申立に対してされた保護処分を取り消さない旨の決定に対しては、同法三二条の準用により抗告が許されるとし、同法二四条一項所定の保護処分を言い渡した決定ではないそれ以外の決定に対しても、規定準用により抗告を認めているが、これは、右のような決定は少年に対する保護処分を今後も継続することを内容とする家庭裁判所の決定であるから、同法二四条一項所定の保護処分の決定とその実質を異にするものでないことを根拠とするものであつて、あくまでも保護処分決定の存在とその保護処分が現実に継続されていることを前提としているのである。してみると、これと異なり、保護処分に付することができないか又は保護処分に付する必要がないことを理由に、少年を保護処分に付さないという同法二三条二項による決定に対しては、同法三二条を準用して抗告が許されるとする余地はないものといわなければならない。

附添人の所論は、非行事実が不存在であるのに、少年の非行を明示的に認定したうえでする不処分決定は、少年の名誉を著しく害するばかりでなく、可塑性に富む少年の心情及びその将来に大きな負担と悪影響とをもたらすから、少年の受けるべき不利益ないしは人権侵害の程度は、不当な保護処分を受けた場合と実質的に異ならないので、少年の健全な育成を期する少年法の理念に徴しても、これに対し少年法三二条の規定の拡張ないし類推解釈により抗告が許されてしかるべきである、という。しかし、所論の趣旨とするところは理解できないわけではないが、同法二三条二項所定の保護処分に付さない旨の決定は、家庭裁判所限りで事件を終結させ、事後少年に対してはなんらの保護手続も進行させないことを内容とするものであることに徴すれば、その前提である非行事実の存否の判断が仮に少年にとつて不利益であつたとしても、決定主文に示された結論に着目する限り、少年にとつて利益な裁判といわなければならないから、ただちに少年に上訴の利益を認めることの合理性は乏しい。そもそも、上訴によつて誤つた裁判の是正をどの範囲で認めるかは、専ら国の立法政策の問題に帰するのであつて、本件のように決定の理由中に示された判断の当否につき、それが少年に不利益であることを理由に、当該部分の是正を求めて上訴することは、法の予定するところではなく、このことは少年法の関係規定に徴しても明らかである。したがつて、所論の見解は、立法論としてはともかく、現行法の解釈としては到底採用し難いのである。

してみると、少年を保護処分に付さない旨の原決定に対する抗告は許されず、本件抗告の申立は不適法であるといわなければならない。

よつて、少年法三三条一項前段、少年審判規則五〇条を適用して本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

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